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しのぶいし [2014]


しのぶいし。

母方の祖父はたいへんな石の収集家で、それは頑丈な造りの棚板が石の重みで歪んでしまうほど。

中でも「忍石」と呼ばれる石が一番のお気に入りらしく、確かに祖父といえばこの石だと、僕も思う。

岩石学では「デンドライト」と呼ばれているこの石。
「デンドライト」とは結晶のかたち、そしてその自然現象を指す言葉らしい。

あの樹木のようなフラクタルの幾何学模様は、
『ある一つの刺激』がたくさんの枝分かれをして、生まれる。

霜の結晶、
雷のかたち、
毛細血管、
ある一族の樹形図、
ありとあらゆるものの配置など、

その模様・形は、
『一つの刺激(たとえば『ビッグバン』)』を受けた時点から
予め決まっているのかもしれない。

そして今もその形を変えて、
枝分かれをしている最中なのかもしれない。

祖父はこの石を見て、いつも何を感じているのだろうか。
私はその意思を準えることを試みた。

【忍石(=デンドライト)】
含水鉄、あるいは酸化マンガンなどが表面に樹木の枝状あるいは羊歯の葉状に沈澱したもので、
岩石の節理、層理、劈開(へきかい)面などに沿って見られる。
『Loewinson-Lessing : 1893』

金属、合金あるいは天然の金属元素鉱物に見られる樹枝状または魚骨状の組織をいう。
これらの物質が凝固する際の結晶成長の機構に関係している。ギリシャ語のdendrosは木の意味。

出典:岩石学辞典

【偲ぶ(しの・ぶ)】

一[動バ五(四)]
1.過ぎ去った物事や遠く離れている人・所などを懐かしい気持ちで思い出す。懐しむ。「故郷を―・ぶ」「先師を―・ぶ」
2.心引かれて、思いをめぐらす。慕わしく思う。「人となりが―・ばれる」「人柄を―・ばせる住まい」
3.物の美しさに感心し味わう。賞美する。
「秋山の木の葉を見ては黄葉(もみち)をば取りてそ―・ふ」〈万・一六〉

二[動バ上二]
「なき人を―・ぶる宵のむら雨に」〈源・幻〉

出典:大辞林 第三版

【意志(いし)】

1.考え。意向。 「―を固める」
2.物事をなしとげようとする積極的なこころざし。 「―の強い人」 「―の力でやりとげる」
3.〔哲・倫〕ある目的を実現するために自発的で意識的な行動を生起させる内的意欲。道徳的価値評価の原因ともなる。
4.〔心〕生活体が示す目的的行動を生起させ,それを統制する心的過程。反射的・本能的な行動とは区別される。

出典:大辞林 第三版

しのぶいし。

反射的にカメラを構えてしまう光景がある。
そしていつの間にか、アーカイブは似たような風景で埋まっていく。

何故だか気持ちが晴れない、
仕事が思うように進まない、
他人とうまく関わることができない、

もちろん、そんな時はうつむいて歩くことが多い。
市松模様のタイルの色を、交互に目で追ってみたりして。

散々と歩き回った終(つい)にふと立ち止まる光景がある。
「樹木の影がゆらゆらと揺れている光景」

その光景を目にすると、
曇っていた気持ちにわずかな光が射す。

うつむいていた視線の「おわり」になる。
また、新たな心の「してん」となる。

私は、その不思議な心の変容に、
「偲ぶ意志」が関係しているのではないかと考える。


ものの美しさに感心し、味わう。

その意志にこそ。